ホアランポーン駅@バンコク
僕がバンコクのホアランポーン駅(バンコク中央駅)へ最初に来たのが、そう、思い起こせば、1990年の春だったろうか。
世界一周も終わりかけのころ…。
オーストラリアからインドネシアのチモール島クパンへ飛び、そこから島伝いでシンガポールへ入った。
シンガポールからバスでマレーシアのジョホールバルへ、そこからマラッカへ。
マラッカからバスでクアラルンプールへ移動して、そのままバスを乗り継いで、ペナン島へ行ったっけ。
ペナンからはまたマイクロバスでタイへ入国し、ハジャイ駅で切符を買って、そのまま夜行寝台列車で、タイの首都バンコクへと着いた。
そのころは日本人旅行者はホアランポーン駅から歩いていける「ジュライホテル」に集まるものと決まっていた。
普通の人間はジュライホテルに泊まり、もっと根性のあるやつは谷恒生の「バンコク楽宮ホテル」で有名な「楽宮」に泊まって、北京飯店で飯を食っていたものなのだ。
今では「ジュライホテルは麻薬と売春の巣窟だった」などという伝説が広まっている。
でもまあ、一部はそういうことも確かにあったけれど、なにしろ「地球の歩き方」に紹介されていたくらいなので、実際は、ほとんどは普通の旅行者だったよ。
僕が泊まった時は、京大の後輩が2人とまっていたのを見つけて、一緒にタイスキを食べに行ったりしたものだからね。
ジュライホテルのエレベーターに乗ってたら、娘さんをロンドンの大学に留学させている主婦(45歳程度、もちろんジュライホテルに泊まっていた)が話し掛けて来たこともあるよ。
日系のデパートまでの(確かダイマルだったっけ?)行き方を聞いてきたので、僕も案内ついでにいっしょに動いたりした。
「旅に出ると素敵な人と出会えるというけれど、そんな人もいませんね」と、僕に話していたのは、いったいどういう意味だったのだろう。
僕はもちろん、「現実には、小説やいいかげんな旅行記みたくに格好いい人なんていませんよね(笑)」と軽く返事をしたのだが、彼女としては、誰かセックス相手がほしかったのだろうか??
はっきりいってくれれば、エッチしてあげてもよかったのにね。
旅先だから、相手がどんな人でも、後腐れもないことだし、どんなエッチも(病気にならない限り)いい想い出になるものだしさ。
ホント、世界旅行者は思わせぶりな話はたくさん聞くのだが、自分から女性を口説くことがないんだよなー。
だから、いつも後になって、「あの女性が、僕の部屋で夜遅くまで粘ってたのは、ひょっとしてエッチしてほしかったのかなあ?」とか「欧州のあの小さな町でいっしょに中華料理店で深夜まで粘っていて、恋愛話を聞かされたのは、そのあとのエッチを期待していたんだろうなー」なんて、だいたいその5年後くらいに気がつくんだけどね。
ま、それはそれとして、ホアランポーン駅は、ちょっと改装されたりしていて、2000年に行ったときはかなり機能的になっていた。
2000年といえば、僕の最初の本「間違いだらけの海外個人旅行」が出版されて、次の本のネタを拾いにラオスヘいったときだけどね。
ちょっと豪華に、近くの「バンコクセンターホテル」へ一泊2600円出して泊まってた。
で、夕方暇つぶしに駅へ行くと、そこにはボーっとした日本人旅行者が必ずいるので、ちょっと面白そうなやつを捕まえては、近くの屋台に誘って、いっしょにビールを飲んだものだ。
バンコクのドンムアン空港は、ある意味、世界中へ旅する旅行者の港のようなものだが、ホアランポーン駅は東南アジアへ向かう人の懐かしい陸の港なんだね。
僕は駅の大きなホールの椅子に座って、ボーっとしているのが好きだ。
僕はそこで想う。
「ここをたくさんの旅人が通り過ぎていった。そしてそのほとんどは二度と戻ってはこない…」ってね。
【写真】ホアランポーン駅(バンコク中央鉄道駅)
【旅行哲学】鉄道駅には旅人の想い出だけが残っている。
【参照】「ジュライホテルの終焉」