ビアラオと旅行情報ノート@ビエンチャン/ラオス

「これが正しい海外個人旅行」より、
14:旅行情報ノート
旅先では、やはり緊張感があるのか、日本のようにゲロを吐いてのた打ち回るまで飲むことはないので、すっきりと爽やかに起きられる。
シャワーを浴びて、朝食を取りに、昨日の食堂へまた足を運ぶ。
昨日の午後、お客の少ない時間に一人でやってきて、大きなフランスパンサンドイッチを2つと、ビールを3本も飲んで、本を読みながらねばっていたのだから、当然僕を覚えていて、指で差しただけで、昨日と同じサンドイッチが運ばれてくる。
というか、この食堂には、メニューがなくて、食べ物もこのフランスパンのサンドイッチしかないんだけどね。
ちなみにこのフランスパンサンドイッチは、本当においしくて、僕はサンドイッチを食べるためだけに、もう一度ビエンチャンへ行ってもいいと思うくらいだ。
店の前で作っているが、テイクアウトのお客さんがたくさん待っている。
朝からまた、ラオスのビール「ビアラオ」を頼んでコップに注いだら、この店の子供が小走りにやってきて、ノートを3冊、テーブルの上に置いた。
素直に受け取ってみると、これが、「旅行情報ノート」だった。情報ノートを読んで、ラオス旅行のルートが大体わかる。
僕はノートがあれば必ず書く事にしているので、少し書き込んでみた。
書いておくと、人に話をする時、「あそこのノートに僕が書いておいたから読んでよ」
と話のネタになるからね。
旅先で出会う「旅行情報ノート」というものの説明をしておくね。
世界中にはあちこちに世界中のバックパッカーの泊る定番の安宿やレストランというものがある。
そこにはたいていノートが置いてあって、バックパッカー同士の情報交換や旅先の印象なんかが書いてある。
僕自身の最近の経験でいうと、ナイロビの日系旅行代理店「DoDo World」、プノンペンの「キャピタルホテル」、シェムリアプの「チェンラゲストハウス」(ここは家の前に260と住所表示があるので、昔は「260」の方が通りがよかった)に書き込んだ。
中南米の有名な日本人宿には大体置いてある。
昔は中南米の情報が少なかったので、大切な情報源で、リマの有名な日本人宿「西海」の情報ノートが某旅行ガイドブックのレポーターに持ち去られたと大騒ぎになったこともある。
僕のLAの定宿「ホテル加宝」でも、一度情報ノートを作ったが、メキシコのプエルトエスコンディードでの細かな地図入りサーフィン情報とか、サンフランシスコのストリートガールの電話番号入り名刺(肩書きは「エンタティナー」だった)などの珍しい情報があったのに、誰かが持っていってしまった。
面白いのは、例えば、日本人専用と決まっているわけではなくて、誰が、どの言葉で書いてよくても、ほとんどは日本語の日本人用ノートになっているところ。
東南アジアの場合、英語でも、韓国語でも少し書き込みがあっても、実際書いているのは、99パーセントが日本人旅行者だ。
こういうノートは、世界中どこにあっても、どの国の人が書いてよくても、結局は日本人向けの日本人だけのノートになってしまう。
と、ここを強調するのは、ノルウェーのフロムという小さなフィヨルドの町の宿にあった旅行情報ノートでさえ、ほとんどは日本人の書き込みだったという経験があるからだ。
もともとは確かに旅行情報を交換するためのものだったが、今はガイドブックがたくさん出ているので、情報源としては、あまり役に立たない。
だいたいは、日本人旅行者の個人的な旅の感想が多いが、それも、旅先で読むと、なかなか興味深いものだ。