《オーストラリアも、インドネシアも、敢えて片道切符で入国する》 ダーウィン(オーストラリア)〜クパン(インドネシア)
(注)これは、1990年の話ですから、両替レート、入国条件、状況は変化していると思います。あくまでも参考にしてください。
(この時期の両替レートは、1アメリカドル=130円、1オーストラリアドル=105円でした)
往復切符は世界中のほとんどの地域で、片道切符をそれぞれ買うよりも安いのが常識だ。
特にキャンペーン期間などではとんでもない安売りになることがある。
1990年冬のロサンジェルス(LA)では、カンタス航空がLAからオーストラリアまで往復U$760の切符を売っていて、TVでがんがんコマーシャルを流していた。
しかし往復切符の弱点は出発地まで戻って来なければならないというところだよね。
僕のような本物の『世界旅行者』になればある国に入ったら、そこからどこへ行くかわからない。
それこそが僕が旅行者仲間から本物の『世界旅行者』と呼ばれ、「日本人海外旅行者の星」「海外個人旅行の神様」と敬愛される理由なのだ。
だから、世界旅行者としては、いくら安くても、こんな自由を束縛するような条件付き切符は避けようとするのは当然だ。
LAでオーストラリアのビザを取る(これは生半可では取れないビザだ。どうしてこのビザを取ったか、要望があれば書くこともあるだろう)ためには『オーストラリアからの出国切符を提示すること』という条件がついていた。
僕はこの条件を出国切符無しで奇麗にクリアして、5ヶ月のシングルエントリービザを取った。
ニュージーランド航空の片道切符をLAのリトル東京にあるHISでU$925で購入してシドニーへはいった。
もちろん往復で760ドルならば、925ドルの片道切符を買うよりは、往復切符を買って、帰りの切符を捨ててしまえばいい。
ただ、LAからタヒチ、ラロトンガ(クック諸島)、オークランド(ニュージーランド北島)、クライストチャーチ(ニュージーランド南島)、それからシドニーと、南太平洋の島をアイランドホップしてオーストラリアへ行くためには、どうしてもこの値段でなければダメだったんだよ。
うまくオーストラリアへ入ったのはいいが、出なければいけない。
もともとの計画ではダーウィンからインドネシアに渡り、バリ島でしばらくごろごろするつもりだった。
東南アジアはすでに隅から隅まで旅行しているのでいまさら観光地巡りをする必要はない。
ダーウィンから出国するこのルートは余りやった人が居ないので面白いのだが、駄目ならパースからクアラルンプールに飛んでペナン島の北にあるランカウィ島で体を休めてもいい。
海の上は普通は飛行機で飛ぶことになるので、まずシドニーの旅行エージェントで切符の値段を調べることにする。
キングスクロスのHISに行ってみる。
HISは日系のエージェントで世界中にネットワークを持っているので一番安くはないかも知れないが、とにかく航空券の値段の基準にはなるはずだ。
ダーウィン デンバサールがA$490、パース クアラルンプールがA$475だという。
これはめちゃんこ高い。
アメリカを出る前LAのHISで値段を調べた所、それぞれA$290、A$270ということだったのだが。
確認をしてみる。
『LAで聞いた所ダーウィン デンバサールはA$290という話だったんだけど』
『295ドルでありますけれど、これは3週間前に買わなきゃ駄目なんです』
これでは駄目だ。
オーストラリアはそんなに面白い所じゃない。
まあ、最初から面白くない所だろうとは思っていたのだが、ちょっと旅行した日本人学生は中国とオーストラリアには必ず足をのばしているので『長期旅行者の見え張り勝負』(これは面白い話だ。要望があれば書いてもいいよ)で勝つためにはここをつぶさなければならない。
むろん『世界旅行者』と名乗るためにはここを通り抜けなければ話にならないという義務感で来た所なのだ。
世界中を回って来ているので、その国が自分好みかどうかぴんと来る。
オーストラリアは物価も安い訳ではないし、だだっぴろいだけで歴史がない。
この国はやはり、本当の旅に出るのが怖い、度胸のない日本女性や、大学生の男の子向きの、中途半端な国だよ。
こんな国はできるだけはやく抜け出そうと思っているのに切符を買って、3週間も縛りつけられたらたまらない。
もちろん、切符が安くても、それまでの滞在費用が馬鹿にならないんだからね。
まあいいさ、ダーウインに行けば何とかなるだろう。
いざとなればボートかなんかで海を越えたって問題はないのだ。
そこに人がいれば何か人の通る道があるものだ。
でも『世界旅行者』は一軒だけ当たって結論を出すようなことはしない。
旅行代理店の言うことなんか、はじめっから信じてないのだ。
同じビルにあった別のエージェントJNBでもこの値段と条件を確かめる。
同じような値段を出してきたので、この時期のシドニーでは、アジアへ脱出するのに片道切符では5万円程度かかるわけだ。
夜行バスでクーランガッタへ行く。
いやになるほど日本人だらけのゴールドコーストで泳いだ後、更にバスでケアンズまで上り、散歩の途中、街角の旅行代理店に入る。
ここは純然たるオーストラリア人経営だ。
ちょっとパプアニューギニアのポートモレスビーへの値段もチェックしたかったのだ。
『ダーウィンからバリ島のデンバサールはA$295です』との答。
『でもその切符は3週間前に購入するという条件付なんでしょ?』と確かめる。
『いいえ、今日予約して今日発券出来ますよ』
ほらね。飛行機の切符って訳が分からないんだろ?
こんな訳の解らない切符の値段や条件を一冊の本にまとめるなんて誰が考えても無理なのだが、それが解らないほどの素人はパンフレットをかき集めて、『世界中の格安航空券の買い方』とか何とかいう本をでっちあげて日本で出版して、素人旅行者を騙して、金儲けをする。
いくら世間知らずだとはいってもここまでになると、入院を勧めたくなる。
それとも詐欺で刑務所行きか?どちらにしろ世間に放し飼いにはして置けないよね。
『でも、インドネシアに飛行機で入国するためには、出国航空券が必要です』
彼は笑顔でそう言って、出国用の航空券の値段をクオートする。
『一番安いのはメダン ペナンのA$50です。本当に使うのならジャカルタ〜 シンガポールのA$120がいいんじゃないですかね』
インドネシアに入国するのに出国航空券が必要だと聞いたことがある。
しかし、オーストラリアだってそういわれて片道で入国したのだから、何とかなるはずだ。
何しろ僕は入国の厳しさで有名なイギリスだって片道切符で入国したのだ。
今回の世界一周旅行で往復切符を使ったのはアテネからナイロビに飛んだ時だけで、しかもそのお陰で西アフリカ経由で帰るという面白い旅行をし損なったんだ。
出国切符がなくとも何とかするのが『世界旅行者』である。
ゆったりした列車『サンランダー号』でケアンズからタウンズビルへ南下し、それからバスでスリーウェイズ経由ダーウィンに着く。
トランジットインにチェックイン。
シングルルームで1泊22ドル。
早速、すぐ横にあるSTAトラベルのおばさんと話をする。
ケアンズのエージェントと切符の値段は一緒だが、ここにはダーウィン クパンという切符がある。
クパンというのはチモール島にある町だ。
値段はA$180。
ここを経由して更にバリ島のデンバサールへ飛べば更にA$126。
トータルすれば306ドルだ。
直行すれば295ドルなのだが、誰が考えても東チモール紛争で有名なチモール島に立ち寄った方が話としては面白いに決まっている。
このルートに決定だ。
ただダーウィン〜クパンで入国する場合はインドネシアからの出国切符の問題がある。
STAトラベルのおばさんも出国切符が必要だという。
まてまて、この切符は学割もきかないノーマルチケットだ。
ということは一応航空会社で確かめた方がいい。
飛行機は『メルパチ』、インドネシアの航空会社だ。
インフォメーションで調べると『ナトラブトラベル』が代表している。
この旅行会社はダーウィンの中心地、スミスストリートモールに面したビルの中にあった。
インフォメーションのすぐそばだ。
『ナトラブトラベル』を見つける。
がらがらの店に入ると大きな机が2つあった。
正面のたぶん偉いさん用の机には人が居らず、横向きのひとつに中年のインドネシア人が座っていた。
ダーウィン クパンの料金を確認する。
A$180。
さて、肝腎なことを聞かなければならない。
これを確かめに来たのだから。
『ところでクパンの入国審査で、もし出国切符を持ってなかったらどうなるんですか』
だいたい入国審査というのはいいかげんなものだ。
僕はこれまで、すべての国境を陸路であれ空路であれ海路であれ、何事もなく通過している。
それはきっと僕の人格が素晴らしいからなのだろう。
それに僕の英語を聞けばかなり知的な教育を受けた人間だと解るので、人を見抜くのが商売の入国審査官は僕に疑いを持つはずがないのだ。
ちょっと語学留学をしたりして、発音だけは変に現地風になまっているが単語力は全くないという連中は、結構国境でいじめられたりするのだけれど。
入国審査までたどり着けば僕に取っての問題は何もない。
だいたい出国切符が問題になるような場合は、飛行機会社自体が出国切符を持ってない乗客の搭乗を拒否するのが普通だ。
だから『メルパチ』の代理店に来たのだ。
『十分なお金を持っていれば、片道切符で入国出来ます』と答えが返る。
『それはいくらなんですか?』
『アメリカドルで1000ドル以上持ってれば問題ありません』
これなら問題はない。
何しろオーストラリアのビザを取る時には『1ヶ月当たりU$1000』と言われたのだから。
マスターカードで切符代を払う。
パスポートを見せると、あまりの厚さにびっくりしたように僕に質問する。
『世界中旅行してるみたいですね。もうどの位旅行してるんですか?』
『もう、2年半になります。そろそろ日本へ帰らなきゃならないんで、急いでるんですけれどね。これから東南アジアに入って中国や韓国も回るつもりですから』
僕は、ちょっと恥ずかしげに答える。
『うらやましいですね。私はインドネシアからダーウィンに来たっきりですよ』
『それがまともな人生ですよ。僕なんて離婚した痛手をいやすために旅行を初めて、ただずるずると動き回ってるだけなんですから』
『でもミスターニシモトはまだ40歳ですよ。折り返し地点です。これからまた結婚をして子供を作ることだってできるんですからね』
『ありがとうございます。もし神様がそう定めているのなら、そういう人生もあるかも知れません。僕はもっと違った運命を与えてられているような気がしますけれど』
『良い旅行を。あなたにアラーの恵みがあるように!』
思いがけなく心にあるいろんなことをしゃべってしまった。
彼は神の使いか、それとも入国者をチェックするためのインドネシア秘密警察のエージェントか。
でもどちらだとしても神が僕と引きあわせたことに変りはない。
その夜はスーパーマーケットで買ったフォスターズの750ml瓶 2.2ドル(220円)を2本買ってオーストラリアに別れの乾杯をする。
翌日、メルパチ(MERPATI)のMZ0841便、朝7時30分発に乗り込む。
あっという間にチモール島クパンに着く。
空港ターミナルは平屋建ての民家みたいだ。
入国管理では話の通りU$1000の提示を求められる。
2ヶ月の入国許可をもらう。
周りはなにもないのでこのままバリ島へ飛ぼうかと、一瞬迷う。
とにかく、U$100を181400ルピアに替える。
1ルピア=0.07円だ。
でもここまで来てチモール島で1泊もしないのでは、他の日本人旅行者と一緒の口先だけの旅行者になってしまう。
しかし、もちろん、東チモールへ行くほどの根性も度胸も政治への関心もない。
僕は単なる傍観者・観光客・本物の『世界旅行者』だ。
観光客はいつも逃げ道を考えるものだ。
すなわち明日の正午発のデンバサール行きの予約を取る。
ノーマルチケットなので乗らなければ乗らないで問題はない。
空港事務所にいた20才代の口髭をはやした若者と、クパンからの飛行機について相談したり、予約を頼んだりする。
いかにも外国で教育を受けたエリートらしい。
こういったタイプの人間は赴任した田舎で決まり切った仕事をするのに飽き飽きしているので、僕のような知的で面白いタイプの人間と話をしたがるものなのだ。
話し込んで時間を使ってしまったので、空港を出るともう旅行者はほとんどいない。
町まで送るというタクシーの客引きを断り、町に出るためのベモステーションの場所を聞いて歩き出す。
10歳ぐらいの男の子がしつこく並んでついてくる。
本のいっぱい詰まったバックパックを背負っているので、疲れる。
後ろからトラックが追いついて来て『載せてあげる』といっているらしい。
只だと確認を取って乗り込むと、どのくらいの値段のホテルに泊まりたいのかと聞いてくる。
『世界旅行者』としては自分ですべてを決定するのが方針だ。
人の親切にすがれば旅行は楽になるが、それでは本物の旅行じゃない。
しかし、荷物は重いし、地図はないし、二日酔いだし、早起きで眠い。
どうせ1泊しかしないので方針を曲げて世話になることにする。
ホテルの前庭までトラックを乗り入れてくれる。
『ウィスマ・スシ』10号室ツィンのシングルユースで1万ルピア(約700円)。
部屋のドアの前にも椅子があって休めるようになっている。
部屋の中には汲み置き式の水槽があってそれを体にかけて洗うらしい。
なかなか快適なホテルだ。
ホテルの前の道を横切ると海沿いにレストランがある。
そこで堅焼きそば 2000RP(140円)を食べながらビンタンビール 3000RP(210円)を飲む。
海はそんなに奇麗ではないが、沖の島陰がぎざぎざしているのがチモール島に来たという感慨を憶えさせる。
シドニーで旅行代理店の言うことを信じていたら490ドル払ってダーウィンからデンバサールまで飛ぶことになっていただろう。
そうしたらここチモール島でビンタンビールを飲みながらこのようにぼーっとしていることもなかったのだ。
僕がここに来たのはダーウィンに来れば何か面白い切符があると信じていたせいなのだ。
信じる選ばれたものだけがここに来ることができるのだ。
ガイドブックの通りにしか旅行出来ない馬鹿な日本人はここには来ない。
旅行の本質はここに(どこに?)ある。
先のことは解らない。
解っているのは神の示すままに生きる者を神は導くということだ。
【写真】チモール島のカップル
【旅行哲学】旅先では、行けば何とかなるもの、ならなければそれもいいさ。