《ニアケイブ(Niah Cave)への長い旅》
ボルネオはマレーシアとインドネシアそれにブルネイの3ヶ国に分かれる。
しかしマレーシア領の2つの州、北のサバと南のサラワクは、考え方によっては2つの国としてもいい。
その証拠にサバとサラワクはともに独自の入国管理を行っている。
同じマレーシア国内の他の州から入国するときにも、改めて入国審査があってパスポートにスタンプがポンと押されるのだ。
例えば日本からコタキナバル(サバ)経由でミリ(サラワク)に到着するためには一度サバで入国許可(入国スタンプ)をもらって、更にサラワクでもう一度入国手続き(入国スタンプ)をとることになる。
荷物も一度サバでのチェックを受けた後、もう一度サラワク行きの飛行機に積み直すことになっている。
面倒といえば面倒なのだが「世界旅行者」の僕としてはパスポートにスタンプが増えることになる訳で、決して嫌いなシステムではないよ。
観光資源としては、サバにある東アジアの最高峰「誰でも登れる」キナバル山(4101m)、「サンダカン八番娼館」で有名なサンダカン、サラワクでは世界最大級の洞窟ニアケイブや、最近発見されたばかりの更に大きいムールーケイブが知られている。
ボルネオ全域に見られる「ロングハウス」という現地部族の独特の共同住宅も興味深いね。
新しく開発中のビーチリゾートも数多く、ダイビングスポットも結構あるという話だ。
しかし特別な理由がなければ、日本からのツアーでわざわざ訪れるほどの観光地ではない。
他の旅行のついでにちょっと寄ってみるといった程度の所だ。
僕はあるプロジェクトのスタッフとしてサラワク州ミリに滞在していた。
この機会を使って日本人はほとんど誰も知らないニアケイブを、日曜日を利用して訪ねてみようと考えるのは自然の流れだ。
さて、「世界旅行者」としての基本はローカルバスを使うことだ。
東南アジア旅行者のバイブル「 South-East Asia on a Shoestring」を当たってみる。
それによるとミリからニアケイブへ直行のローカルバスは存在しない。
近くのバツーニアという町までは、1日4本のローカルバスで約2時間半、それから川に沿って45分歩いて国立公園の入口に着く。
さらにジャングルを1時間歩いて洞窟、ということらしい。
地図も無しにこれを1日でやるのは大変だ。
それに、夕方6時には同じプロジェクトのみんなで食事に行く計画になっている。
仕事関係の車を私用に使うことは出来るし、当然国際免許証を(カリフォルニア発行だぜ、どんなもんだい)持って来ている。
しかしルートが解らないのにジャングルの中を一人でうろつくなんて無謀なことをしたくはない。
とすればツアーに参加するのが一番問題が少ないし、体も楽ということになる。
まず、泊まっていた「パークホテル」の向かいにあって、ニアケイブツアーの看板を大きく掲げている「トランスシャイン」旅行社を訪ねる。
聞くと「ニアケイブ、ロングハウス、ランビールの滝」の3つを回ってM$280。マレーシアドル(M$)は約50円だから、1万4千円だ。
めちゃんこ高いね!
僕一人にドライバーとガイドがつくという話だが、結局他の参加者がいないということなのだ。
これはまずい。
お金も高いが一人でガイドの相手をするのはもっと大変だ。
ツアーに参加したつもりだったら客が僕一人だけで、せっかくのガイドを無視する訳にも行かない。
運転手やガイド、ガイド見習いなどが話しかけてきて、あいずちを打つだけで大変だったというのは、雨期のビルマの市内ツアーでシェダゴンパゴダへ行った時の経験でこりごりだ。
他にどこか別の旅行社を当たってみることにする。
といっても特に心当たりはない。
こういう時はホテルで聞くのがいいかも知れない。
パークホテルのレセプションにはすらっと背が高くていつもにこにこ優しいマーガレットちゃんがいた。
彼女に聞くと、すぐ電話をかけてくれた。
しばらく話していたがM$70で行けるという。
今度のツアー会社は「トランスワールドツアー」。
どんなグループに放り込まれるのかなど細かいことは解らないが3500円で行けるなら悪くない。
近頃このホテルでも朝食時にオーストラリア人やフランス人の観光客のグループを見かける。
観光客がミリに来ればニアケイブしか見る所がないのだから、こういった外人のグループに参加することになるのだろう。
フランス語は少しさびついているが何とかなる。
世界中どこでも見かける日本人旅行者は日本人の集まる所にしか旅行しないというゴキブリみたいな習性を持っているので、こんな所で出会うことはまず期待出来ない。
日曜の朝7時半、パークホテルのロビーに、ガイドのニコラス君が飛び込んで来た。
車は15人乗りぐらいのマイクロバスだ。
おやおや、先に車に乗っているのはフランス人ではなくて、日本人女性2人。
そのあとさらに日本人を1組ピックアップして、結局日本人だけで、ニアケイブに向かうことになった。
グループは、30代半ばの商社マン、その妻と小学3年生ぐらいの息子、その上司の妻(50歳代)と女子大生の娘、そして僕の日本人6人に、運転手兼ガイドのニコラス君と何故かその恋人らしいキャロルちゃんである。
思いがけなく日本人と一緒になってしまったが、この2組は同じ商社のボルネオ駐在員の家族だ。
奥さんと子供が夏休みを利用して単身赴任の夫を訪ねて来たらしい。
ところが、この商社マンは僕に対して異常に愛想が悪い。
どうやら訪ねて来た家族サービスとして、2家族だけのつもりでツアーに申し込んだらしい。
そこに僕がいたので、わざと僕に聞こえるように文句を言っている。
僕の印象ではガイドのニコラス君が金が儲かるならと、了解を取らずに僕をいれたのだろう。
しかしこんな話は発展途上国では良くあることで、それがいやならもっときちんと頼んで置けばいいのだ。
さすが三流商社社員らしい嫌みなおっさんだよ。
しかし、どんな状況にでも即座に対応できる経験豊富な「世界旅行者」の僕としては一応下手に出て、このバカ商社マンに話しかけてみることにする。
何も知らない振りをしてニアケイブまでの時間を聞いてみると、30分と答える。
ニアケイブまでのジャングルを歩く時間も15分と勝手に決め込んでいる。
僕の取材した時間とは全く違う。
マイクロバスで2時間、ジャングルは1時間ほど歩かなければいけないはずだ。
これは旅行会社からも、最近ニアケイブに行った人からも聞いているので確かだ。
商社マンにしては情報収集能力がお粗末だ。
彼は中堅商社「N商I井」で、木材買いつけの仕事をしているとか。
つまり現在世界中で問題になっているボルネオの森林破壊の元凶である。
道理で人相が悪いはずだ。
おまけに、頭も悪い。
まあ同じ商社に入っても、本社勤めで時々ニューヨークやロンドンといった一流の所へ出張するというエリートコースと、最初から第三世界専門で一生本社を見ることもないというドサ回りコースがあると聞いたことがある。
話を聞くとこのおじさんはボルネオ専門だ。
筋金入りの「一生ドサ回り人生」である。
3流の人間と知り合っても役には立たないので無視することにして、僕は一番後ろの席で横になり、英字紙「ボルネオタイムズ」を読むことにする。
こういったがんばってがんばっても一流になり損なったが、仕方なく名前だけはまともな会社に勤めて人生の失敗をごまかそうという会社員というのは世界中のあちこちにいる。
彼らが自分の劣等感を人の足を引っ張ることで解消していることは、これは旅行者の常識だ。
一番有名なのがナイロビだったよなー(笑)。
ここにいるのは政府機関の職員も、民間の会社の職員も、おまけに旅行者も含めてどうしようもない低能ぞろいだった。
日本人会などがあるとそこにいない連中の悪口を言うだけが喜びという、まさしく日本人の原点みたいな連中だ。
僕もこれは十分体験したのでいつか紹介することもあるだろう。
さて、午前7時30分過ぎにミリの町を出たマイクロバスは、パームツリーのプランテーションの間を抜け、良く舗装された道を快調にとばし、9時にはバツーニアとニアケイブの別れ道に来た。
ここには食堂や売店があり4輪駆動車などジャングルツアーの車が結構止っている。
僕は暑さを予想して、ミネラルウォーターのボトルを買う。
20分ほど休んで、今度は未舗装のがたがた道を走って国立公園事務所に着いたのは9時半。
僕の予測通りだ。
事務所で名前を登録した後、裏を流れる川を船で向こう岸に渡る。
ジャングルの中には木製の長い橋のような形の通路(plankwalk)が作ってある。
回りはまさしく名前も知らない奇妙な木々が絡みあい縺れあった熱帯のジャングルそのものだ。
南米エクアドルのアマゾン側低地(オリエンテ)に降りてナポ川をさかのぼった時も、ジャングルの中を歩いたりはしなかった。
だからこれが僕に取っては本格的なジャングルウォークということになる。
すばらしい光景に感動する。
しかし家族チームは片時もしゃべるのを止めない。
しかも15分ぐらいでケイブに着くと思いこんでいるので歩きが遅い。
余りにのろいので彼らを追い越し、ニコラス君と少し前を歩く。
ニコラス君は時々立ち止まって木の名前を教えてくれたりする。
女性軍はアクセントの強いニコラス君の英語が解らないので、商社マンに聞くが、彼も解らない。
彼はマレーシアのアクセントにはもちろん慣れているのだが、悲しいことには仕事以外の単語力がないのだ。
もともと頭が良くない、英語もできない、バカ商社員なんだね。
仕方ないので通訳してあげるが、いやな顔をするので止める。
日差しはジャングルで遮られているが、熱気が体を包み、汗が止らない。
ホテルから持ってきたバスタオルで汗を拭きながら歩く。
道はまだずーっとジャングルの中へ続いている。
「オトーサーン、まだ歩くの。僕疲れちゃった!」とお坊ちゃまが叫ぶ。
「すぐ着くから我慢しなさい」と父親は無責任な保証をする。
「まだ着かないの、もう30分も歩いてるよ!」
「お父さんの言うことを聞きなさい。もうすぐよ」と、母親。
「お母さん、こんなに歩くんだったら。わたし来るんじゃなかったわ」
「でもきっともうすぐよ。あの角を曲がったら洞窟よ」
しかし、角を曲がっても曲がっても洞窟はなく、そんな調子で更に30分歩くことになった。
結局1時間はたっぷり歩いた末に突然現れたニアケイブはさすがに大きい。
入口の高さは50mもあるだろうか。
入口左脇に4万年前といわれる人類の住居跡がある。
洞窟の天井から竹の棒が数本ぶら下がっているのは、燕の巣を取る採取業者のものだという。
この洞窟を抜けると更に向こうに壁画のある別の洞窟(painted cave)がある。
思いがけない運動をさせられてしまった家族チームはそこへ行くことは当然断る。
僕は行っても良かったのだが、多数決なのであきらめる。
そこで懐中電灯を持って洞窟探険を始める。
洞窟の中もきれいに板張りの通路が作られていて、歩くのに問題はない。
洞窟は非常に大きいので懐中電灯を持ってても光は天井までは届かない。
洞窟を下りる急な階段で足元を照らすために使うのだ。
洞窟の闇の中にちらちらと光るのは燕の巣採取業者の灯りらしい。
採取シーズン(4月と10月)以外は準備をしながらこの中で生活しているのだという。
確かに外の暑さを考えると中の方がひんやりとして快適に違いない。
しかし洞窟の中は燕の糞だらけで、階段の手すりに触ることもできないほどだ。
洞窟の中を1時間ほど歩いて、外に出る。
帰りは同じ道なので、世界旅行者は家族チームを置いてきぼりにして一人でさっさと歩くことにする。
出発点の船着き場でゆっくり缶入りのアンカービール(M$4)を飲んで休む。
これで帰るのかと思ったら、その後バツーニアの町で昼食(これもツアー料金に入っていた)をとって、あとロングハウスとランビールの滝へ寄った。
この3つがミリからの一日ツアーの定食コースらしい。
ロングハウスは、100mほどもある家を端まで歩いて戻るだけだった。
ランビールの滝というのは入口(ここでも名前を登録する)から15分ほど山を登った所にある二又に分かれた滝だ。
特に大きな滝ではないが、ジャングルに囲まれているので景色はいい。
しかし、日曜日で人が多く滝壺で子供たちが水浴びをしていて、水は茶色に濁っていた。
商社マンとただやかましいだけの彼のバカ息子は、この2つのアトラクションには車から出て来なかった。
帰りのバスの中で母親が息子に言った。
「〇〇チャン、疲れたでしょ、今日は早く寝るのよ」
なるほど!今日は久しぶりに思いっきり夫婦で派手なエッチしようと考えているに違いない。
盆と正月しかセックス出来ない単身赴任を強制する日本の会社制度の残酷さについて思いを至らせる。
その僕の哲学的思考を引き裂くかのように、やかましい息子は叫んだ。
「いやだよー。僕疲れてないもん。ねえ、僕が早く寝たら、お父さんとお母さん何をするの。ねえ、何をするの。僕寝ないよーだ!」
パークホテルに着いてマーガレットちゃんにニアケイブの感想を聞かれ「fantastically beautiful just like you, Margaret! 」と答えたのは、午後4時半であった。
まあ変な連中と一緒だったが、1人で行くより安かったのだからいいことにしよう。
しかし、あとでこの家族と夕食でたまたま一緒だった同僚の話によると、彼らは「今日は変なおじさんと一緒で迷惑した」と、僕の悪口で盛り上がっていたそうだ。
【写真】ニアケイブ
【旅行哲学】単身赴任の夫を訪ねてエッチするときは、しつけの悪い子供はどこかに預けた方がいい。http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20041216